よりよい結婚相手を求めるならば
まあ、実際のところ、将来の伴侶たるべき結婚相手には、できるだけよいひとに来て欲しいというのは、自然な感情だ。できうれば、相手は自分の価値観においてパーフェクトであって欲しいと、自分のことを棚に上げて思ったとしても、それは自然と言える。
さて、企業が新入社員を雇おうとする時も、同様に、できるだけよいひと・・・企業の利益につながる有為な人材に来て欲しいと思う。 どちらも、何十年というかなりの長い期間・・・結婚相手なら生涯、企業であれば日本的終身雇用的見方では定年まで・・そう、どちらも長い期間共に過ごさねばならない「ひと」を選ぶという点が全く一致した点だ。そして、どちらにしても、その選ぶ際に十分な情報を持っていない場合も多いのも共通している点だろう。 結婚相手の選別に関してのアカデミックな研究が進んでいることは聞かないが、企業の社員の選別についてのアカデミックな研究はかなり進んでいる。 その研究の一理論として、スクリーニング仮説というものがある。 できるだけいい人材が欲しい企業であるが、その人物がどんな人物かよくわからないし、それを調べるのに企業側ですごく手間のかかる能力判定力にすぐれた入社試験などをやっている暇もお金もない・・・だったら、企業は学歴そして銘柄大学を出た学生ならいい人材だろうという判定をするだろうという仮説である。学歴で人材をscreen(スクリーン:ふるいわける)だろうという仮説。 現在の学歴偏重社会を説明するのにも使われる理論である。 で、あればだ・・・ 不完全な情報下において、長期間付き合う相手を求めている点で企業の新入社員の選別と、結婚相手の選別は共通しているわけだから・・・スクリーニング仮説は、結婚相手を決定する際にも使えるに違いない。 では、何を持ってscreen(スクリーン:ふるいわける)するかだ。相手のことを根ほり葉ほり調べることもできないと仮定して、それはシンプルなものでなければならないと思われる。そう、企業における学歴と同じように手軽に分かるもの。 僕は自分の体験からこう思うのだ。 さといも を包丁でうまく切れて、それを、おっくうがらずにふたり前くらいは切ってくれるひと、皮むき器でなく包丁でである・・・これなら間違いはないと・・ 何で? そう、さといもは豚汁なんかに入れるととてもおいしい・・しかし、皮を剥くとなるとなかなかに面倒だ。まずは泥を落として、皮むきとなるが、剥いていくうちに、実はぬるぬるして滑りやすく剥きにくいことが判明。それなりの包丁の技量がなくてはうまく剥くのは難しい。 一個一個の玉がジャガイモなどと比較して小さいので多く剥いてもさほどの量にならないわけで・・・となると、ふたり分を剥くとなるとそれなりの労力と忍耐力が必要だ。
そう、このさといもをふたり前、上手に切れるということなにげないひとつのことから多くのことが分かるのだ。
そう、料理がおいしいというのは・・・結婚生活を長く続けるための大きな要素であるのは容易に想像がつくし、朝ゴミを出すのがどっちかとか食事当番はどっちだとかいうささいなことで夫婦げんかになることも多いわけだから、労を惜しまず忍耐力があるというのは重要だ。 そう、さといもを切るというささいなひとつの作業に、今後の結婚生活をうらなう大きな意味があると思うのだ。 いかがだろうか? 「結婚生活を予測するためのさといも切り作業の効果」などという研究論文もできるかもしれない!?論文シーズン、ネタに困った学生さん、いかが?(笑) ちなみに、僕は さといも を切ることには多少の自信があるのだが・・・ 2002/6/6 Kazuyuki Otsu
(2002.11.10) |