くさいくさいってさぁ

 

 まぁ、ここで正直に告白するとさ、私は体臭持ちなんだ。俗に言うワキガ症という

やつだ。

そういう体臭持ちの人間にはみなさんも電車とかで遭遇したことはあるはずだ。

 

 そして、迷惑だなぁとか感じたり、風呂入って来いよとか思ったかもしれない。

 

 しかし、私自身の体験を振り返っても、自分の「におい」に気づかずに「におい」

を振りまいていることは少ないのである。

 なるほど、確かに、嗅覚は麻痺しやすいので自分の「におい」には気づかないもの

であるが、周りのくさがる姿勢・態度などにはいくら鈍感な人間でもたいてい気づ

く。また、耳垢が湿っている飴耳であればそういう体臭持ちであることが分かるから

である。

 そう、体臭持ちの人たちは大部分において自分がそういう「におい」を持ってい

るって気づいている。そして、一生懸命デオドラント商品を使ったり毎朝シャワーを

使ったりして努力したりしているにもかかわらず、やっぱり、暑けりゃ汗もかくし、

汗をかかなきゃ、かえって体温の過剰上昇を招き死に至るわけで、やっぱり汗をかい

て「におい」も出てしまうのだ。

 ワキガ症というのは、遺伝的に腋下部分のアポクリン腺という汗腺が多い人に発生

する症状である(アポクリン汗腺が多いと、耳の中にも多く存在し耳垢を湿らせ

る)。アポクリン腺からの汗は人間の皮膚に必ず存在する種々の雑菌と結合し特有な

「におい」を発生させる。アポクリン腺の発達に従い「におい」も強くなってくるか

ら、ちょうど中学・高校生の思春期の頃から青年期にかけてもっとも「におい」が強

くなる。そして、欧米人ではアポクリン腺が多い「におい」の出る人の方が多数派で

あるが、日本人では少数派である。

 ここで重要なのは、体臭持ちであるということは自分ではいかんともしがたい遺伝

的なものであるということと、日本の中では体臭持ちは少数派であるということだ。

 一般に、女性は「におい」に対して過敏だ。これは別に論証するまでもなく定説で

あると思われるが、あえて例を挙げると、デオドラント製品のCM(8×4でもレセナ

でも思い浮かべて欲しい)は必ず女性タレントが主導で行っているのを思い浮かべて

欲しい。女性をターゲットにしていることが見て取れるだろう。女性がそのような

「におい」に敏感で避けたいと思っているからこそ、第一義的に女性をターゲットに

コマーシャルしているわけで、これはとりもなおさず女性が「におい」に敏感だとい

うことの証左であり、ついでにもう一つ、女子高生がお父さんがくさいと言って毛嫌

いするシーンは数々のテレビシーンやストーリーに登場するものだ。

 統計を取ったわけではないが、数年前に比べてデオドラント製品のCMは目立ってき

ているのはみなさん気づくところではなかろうか。そのような現象から、特に女性が

「におい」に過敏になってきていることはわかっていただけることだろう。

 それゆえ体臭持ちの男はすべからく女性への受けがファーストインプレッション

(第一印象)からしてよくないものだ。ほかならぬ私の体験からしても、うっかり女

子高生がたくさん列車に乗ってしまったりすると、その時たまたま汗をかいていたり

すると、ものすごい化け物でも見たような顔をされることもあったし、指を指して笑

われることだってある。特に若い女性の反応が過敏であり、これは高校生でなくて

も、うら若き女性にハンカチで鼻を押さえられたり手で押さえられたり咳払いされた

りすることは日常茶飯事だ。若くなくても、女性だと年配であってもそういう反応を

示す場合が多い。いや、女性だけではない、男性だって、まゆをしかめたり、迷惑そ

うにこちらを見たり、咳払いをされたりすることは昨今は多くなった。男女連れの数

人仲間で取り巻きの男達が私を指して笑ったり冷やかしたりということだってある。

その中の10代後半かいっても20代そこそこの女性は「ねーねー、これってワキガ

?」って取り巻きの男性の一人におっしゃっていられた。

 これらはある意味、宿命的にアポクリン腺が多く生まれついてしまった体臭持ちの

人への差別・迫害に近いものと言ってよいと思われる。というのも、先ほど述べたよ

うに、この自分の「におい」は自分ではいかんともしがたい修正不可能なものである

からである(手術法もなきにしもあらずだが、100%の効果は期待できないものである

し、とても高価なものである)。自分で修正不可能なことに関してあげつらわれるの

は、そう、、いくら眉をひそめられても、咳払いをされても、指さされるてもなんと

もできないことであげつらわれるのは、差別・迫害となんの違いがあろうか?

 さて、ここは「もてない男の心の語り」である・・・女性へのアプローチを考える

時には、この体臭持ちであるという事実は私を絶望の淵へたたき落とす。

 近寄れば、体験的には半数以上の私と釣り合う年代の女性が眉をひそめるなどの明

らかに外面でもわかる反応を示すし、それより若いとなればもっとだ。明らかに分か

る反応を示さない女性だって内心どう思ってらっしゃるかは・・・。

 毎朝、シャワーは欠かさない。いろいろ調べまくって、最近では外国産のとても効

くと言われるデオドラント製品(かなり高価である)を使っている(実はこれはかな

り効くらしく、自分でもかすかに分かる自己臭は減ったと思うし、明らかに分かる反

応を示す女性も少しく減ったようだ)。しかし、それでも、十分とは言えないらし

く、夏などは明らかにくさがられることは往々にしてある。

 まぁ、仕方がないことと・・・あきらめている部分はある。なんか汗をかいてし

まって電車に乗ってしまうと、ごめんなさいという気分にだってなる。だから、女性

にはなるべく近くない位置に立つようにしたりもしている。くさがられたってしょう

がない・・・確かにアポクリン腺は多いのだから。

 しかし、そのような諦観を持った今現在でもなお、とても悲しくなる出来事がひと

つあった。

 その日は出張であった・・遠くへね。だから十分間に合うように早起きして家を出

たにもかかわらず、JR線が不通になってしまった。これだと出張先に遅刻してしま

うという状況。普段の職場であれば言い訳もできようが、出張先だと言い訳はしにく

い。急遽私鉄で迂回して行くことにして、こうなると、乗り換え駅でもぎりぎりの乗

り換えだったから走った、そして走った。

 なんとか間に合った。それでも、遅刻だから、出張先には電話を入れたりした。

 その日は暑かったんだね。遅れるかもしれないという緊張の汗と、走った時の運動

の汗、たっぷりかいてしまった。申し訳ないなぁと思いながらも、慣れない早起きで

疲れていた私は席に座らせてもらったんだ。

 そしたら隣の上品そうなおばあちゃんがきょろきょろとした後に、すぐにハンカチ

を取り出して鼻に当てたよね。しばらくして向かいの席が空いたら、すかさずそっち

に移っていった。もう一方の隣のおじいちゃんは明らかな反応は示さず新聞を読んで

いたが。

 なんか、怒りと言うよりも悲しくなったね。こちらはある種の不可抗力で汗をかい

てしまったというのになぁ。全世界どの文化圏を取っても労働による汗は尊ばれるも

のであろうに・・・鼻を押さえられてしまう。一生懸命働けば汗もかこう、それで疎

まれるんだから世話ないよ。

 そう、こういう老齢のおばあちゃんに嫌われるくらいなら、私が恋愛対象として見

たいと思っている若い女性ならなおさらのこと、嫌われる確率が高くなることは自明

であろう。

 そう、私が女性に対して積極的になれないのは、ここに一因があるのは否めない事

実だ。

 気にしなければいいとおっしゃる方もいよう。そういう方には一度そういう「にお

い」をまとって街に出て欲しい、偏見の目にさらされてみてほしい、とあえて言お

う。体感と机上の思考の差は歴然であろう。

 どうして、アポクリン腺などというものがあるのか・・・足の「におい」も腋の

「におい」も、このアポクリン腺が主因である。それは、まぁ、滑りをよくするとい

う意味合いのほかに、ひとつ、その「におい」で発情期としてのサインを出すという

意味合いもあるらしい。

 そう、動物の世界ではフェロモンみたいな形で、「におい」で発情サインを出すこ

とは有名だ。

 人間も動物の一種である以上、そういう機能が原始にはあったわけで、その機能は

だんだん退化してきて今に至るわけであるが、まだ残っている。アポクリン腺からの

汗を雑菌が分解して出す「におい」は、そう、人間がサルに近い動物であった時の

フェロモンの名残りだ。その「におい」で異性を引きつける時代も原始の時代には

あったのだろう。

 そう、こんなニュースが報道されたことを今でも覚えているのだが、フランスの化

粧品メーカーが異性を引きつける香水を開発したとのニュース。その成分はワキガ成

分を微量に入れているとのこと。ファッションの最先進国フランスでさえ、ワキガの

「におい」のフェロモン性を認めていたわけだ。それが効くものだったのかどうかは

フォローしていないが。

 でも、現在の日本では、文明たるものが清潔志向を過剰に推進した結果と言えるだ

ろうが、無臭が尊ばれている。体臭持ちは疎まれる一方だ。

 原始、異性を引きつけるために備わった機能を未だ色濃く持ち続けている、私のよ

うな体臭持ちは異性を引きつけるどころか異性にうとまれる・・・まったく、皮肉な

結末を描くことでは稀代の短編作家O.Henryでさえここまで皮肉な結果は果たして書

き得ただろうかと思えるほどの皮肉とは言えないだろうか。

 気にしたってしょうがないと人は言うかもしれない。それは分かっている。持って

生まれたものなんだから、付き合っていくしかないのだ。そういう宿命的な業(ご

う)は種類は違えど誰しも持っているだろう。

 ただ、この体臭持ちという体質は、私が女性に対して決して積極的になれず、自分

が「もてない」と感じていることを説明する、偽りなき・隠しようのない・どうしよ

うもない悲しみであることもまた事実に他ならない。

 

 もてない・・・このように思っている人達の中でもひそかに同じように体臭で悩ん

でいる人はいるであろう。そして、人知れず悩んでいる日本ではかなり少数派であろ

う同じ体質の人たちが、これを読んで幾ばくかでも慰めが得られればと思いここに記

し、公開したところである。

(2004年10月6日)

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